本年もよろしくお願い申し上げます。
さて、今年の初め日本老年医学会が高齢者の定義を従来の65歳から75歳に引き上げる提言をしたのをご存じでしょうか。
私自身は、65歳過ぎは高齢者と刷り込まれていました。実際、束の間抗ってはみても、だんだん『ジイさん』が身に付いていき、鏡に映る己が姿にも納得がいきます。ようやく折り合いをつけて安心の境地に入った矢先に、あなたはまだまだ元気な准高齢者と言われても嬉しくありません。
人を急に持ち上げる裏には何か魂胆があります。少なくとも、この年代層の社会保障が削減方向にあることは間違いありません。
さらに、そこには「准高齢者」を労働市場に取り込もうとする動きが見えます。
振り返れば、高齢協が発足したとき「仕事」は、生きがい就業であり、それは最も積極的な社会参加であると考えられていました。
あれから20年、組合は介護保険事業に参画し、そこで働くヘルパーの半数以上は70歳以上となりました。介護保険制度も高齢者を労働人口に繰り入れるのに大きな役割を果たしました。高齢者の職場は若年者の労働力が集まり難い所に集中しています。
高齢者が働きやすい世の中になるのは、ありがたい。しかし、働かなければ生きていけないのであれば辛い話です。65歳を過ぎでも働けることは事実でも壮年期とは違います。
就業に限らず、年齢を単純に数値で輪切りにして制度を適用する際の基準にするのは、非常に危険であるといえます。
高齢者が働く環境を整備すると同時に、高齢者自らがデザインする多様な就業の形が必要です。東京高齢協はその先頭となって頑張っていきます。

江戸時代、平均寿命は40歳、成年まで達した人の平均寿命でも60歳くらいといわれています。
井原西鶴は『日本永代蔵』で「二十四五までは親のさしづをうけ、その後は我と世をかせぎ、四十五迄に一生の家をかため、遊楽する事に極まれり」と書いています。
45歳から楽隠居とは、羨ましい限り、頭もしっかりとしている年頃です。現代の楽隠居は認知機能の衰えという悩みを抱えています。それは、身体の衰えと異なり、外見からはっきりと見えません。
しかし、働く准高齢者は、密かに認知機能の低下を自覚し、その進行を怖れています。
それは普段と違った非定型の業務の中で多く見られます。五感の鈍さによる、見落としや聞き違いなどです。おそらく日常生活では埋もれてしまうミスでも、結果の見える業務の中では顕わになります。
物忘ればかりではなく、視覚から得た情報を脳が整理する能力、それを身体の各部分に伝える力が弱くなってくるのでしょう。
准高齢者が社会に貢献するためには、脳の感覚系や運動系の部分を鍛える必要があります。そういう脳トレ活動を高齢協内で拡げていきましょう。