東京高齢協は今年で創立20周年です。ニュースも7月で161号を数えます。組合の歩みを記事で綴ってみました。

 

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風やよし、帆をあげよ

1996年10月ニュース 編集子

感動的な創立総会から1か月。総会翌日から事務局には大きな反響が押し寄せ、加入申し込みと問い合わせの電話、来訪者、マスコミからの取材…息つく間もない日々でした。
「みんなとつきあい、仲良く楽しく生きていれば、血の流れがよくなる」と記念講演で若月先生は話されました。あの日の日比谷公会堂には、そんな気持ちのよい「流れの良さ」が感じられたのではなかったでしょうか。


 

「いいだしっぺ」の原則

1997年3月ニュース 編集子

地域センターの例会は月1回なので「みんなで」といっても、なかなか進みません。そこで「これをやろう」と言い出した人が仲間を募り、企画や立ち上げる先頭を切る。そのことを、みんなで応援し、情報の交換、交流するのを定例会でやろうということに。
悩みながらも、みんなの思いを集め、地域から組合員自身による自主企画が生まれ立ち上がっていくさまに、地域センターのこれからの展望を見る思いです。「組合員には本当に力がある」と!


 

私の葬送講座

1997年5月組合員 須齋美智子

今後、社会はますます高齢化するという。「誰かがなんとかしてくれるさ」なんて考えてもいられないらしい。
それなら、元気な今のうちに若い人たちと手を組んで、自立して老い、自立して生を全うできる幸せな環境づくりをしていきたい。一つ一つ事実をつくり上げ、高齢者の自立した姿を力強く社会に示したい。また、そんな仲間の輪を広げたいと思う。
私にとって「葬送講座」が、その一歩になるのかな。


 

法人化、可能性と制約

1999年4月理事長 大内力

生協法人化にしたことに伴う利益は無論いろいろある。特にいま高齢協が力を入れているヘルパー養成事業については大いに便益が増すし、介護保険が実施に移されてゆく中では、さまざまな仕事に参入する可能性が増えるであろう。
その代わり、公的な存在になったことに伴う制約もいろいろ加わるのは当然である。財政や事務処理をきちんとすることも求められるし、生協仲間との協力や事業活動についての節度を守ることも必要となる。
成人になった以上、それなりの振る舞いが守られなければならないのは当然のことである
高齢者の組織が今さら大人になるというのは変に聞こえるかもしれないが、やはりこの際、大人になるだけの覚悟が必要なのである。

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ヘルパーの支えあい

2003年1月管理者 福永陽子

新人ヘルパーが、することなすこと空回り。気が滅入って帰ってくることがあります。そんなとき、先輩や同僚のヘルパー達が自分の時は「ああだった」「こうだった」「こうしてみたら?」等々、アドバイスをしたり、いっしょになって悩んだり考えたり…
だけど最後に必ずみんなが口にする言葉がある。「絶対、いつかいいことがあるから!」「大丈夫よ!」


 

思い出の着物や和服が

2003年8月組合員 勝見美津子

シルバーモデルに応募したのがきっかけでリフォーム教室を知りました。
着物から洋服!なんと面白いことかと。自作の服で街を元気に歩いたり、「見て、見て」とステージで表現したりする喜び!
すっかり生活に馴染んで生きがいになり、おしゃれが生活の楽しみになっています。


 

「あい」の9か月

2004年7月管理者 川上正子

私はどなたに聞かれても、「最善のスタッフです」と自信を持って言えます。
各々個性があり、真面目で利用者さんに対して、「優しく笑顔で」をモットーに、日々活躍していただいております。パソコンも数名が率先して覚えて、それぞれの持ち場で頑張っています。最近では地域の皆さんも「何をやっているの」とか「一品持ち寄ってお茶飲みしてお喋りが出来るところがほしいよね」とか、声を掛けてくださる方もいらっしゃいます。


 

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戦争の経験

2005年8月理事長 大内力

「戦争を知っている」世代である私どもの多くは、今の日本と世界を見ると、15年戦争の始まった1931年頃のことを思い出し、その類似性に改めて戦慄するであろう。
この頃「歴史に学ぶ」ことの大切さがよくいわれる。われわれこそは「歴史」を身を以って体験した貴重な生き残りである。その体験から得た知識を「戦争を知らない」世代に教え学ばせること、それこそ高齢協の重要な責務であろう。


 

社会的協同

2007年7月理事長 田中学

コムスンのような問題が明るみに出てきました。事業体としての社会的責任をはたすというのは当然のことですが、一般企業の場合には、どうしても経営利益を優先させるという発想が先走りがちです。協同組合の場合でも、赤字続きでは存続できないことは事実です。
しかし、生協の場合には、まず「社会的協同」という理念に立ち、たとえば介護事業と高齢者の生きがいつくりや文化活動を地域において結びつけるなど、「地域社会」を主体的に作り上げるテーマに高齢協は取り組みを高めていけると思うのです。


 

コンプライアンス

2008年1月理事長 田中学

東京高齢協は昨年10周年の会をもちました。ということは、10年間の活動を経てそれなりに成長してきたわけです。
しかし、昨年の問題を検討してみますと、10年の活動は惰性や馴れ合いなどを当たり前のこととして、見逃してきたという側面を否定できないところもあると思います。
たとえば、最近しばしばいわれる「コンプライアンス」ということにしても、それがどれだけ自覚的にとらえられていたか、ということがあります。わたしたちの組合は意識的あるいは組織的な不正行為は絶対に行いません。
だから、なんの問題もないという意識になりがちですが、細かな事務処理や会計処理などの面では多少ルーズな点も少なくありませんでした。この機会に改めて再点検をお願いします。


 

シニア活動館開く

2009年5月館長 伊藤登美子

まず、一番の課題は、50代の利用を増やすことです。そうでなければ「シニア館」になった意味がありません。パソコンを初め、50代が足を向けるような講座や教室を開催していきたいと考えています。
また、個人利用の方が一人で来ても楽しめる「何か」も考えていきたいと思います。


 

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大丈夫、自分に言い聞かせ

2011年5月管理者 上松節子

3月11日午後2時46分 …。
走っていると「車を揺らさないで下さいよ」と言われました。「揺らしてないよ」といったもののハンドルは確かに取られていました。
次の瞬間、「ゴオー」という音が聞こえ、外を見ると周りの木は揺れ動き、電線が縄跳びのように畝っていました。そのとき、私の頭には担当している重度訪問の利用者さんの顔が浮かびました。不安な気持ちを抱え自宅へ向かう。1時間後にやっと到着しました。
地域は停電しておりヘルパーが移動用酸素に付け替えていました。このまま停電が長引くとバイパップと暖房が効かないため血中酸素が低下の恐れ。
車を暖め充電器にバイパップを繋ぎ移動用酸素の補充を積み利用者さんを運び入れました。
この震災の経験を通して、利用者さんとのコミュニケーションの大事さに加え何よりも関わっている事業所スタッフ同士のコミュニケーションの大切さも痛感しました。


 

祖父のおかげ!

2012年11月職員 牧あずさ

私がヘルパーの資格を取得しようと思ったのは、祖父の認知症がきっかけでした。人の生活のお役に立てるこの仕事は、本当に素晴らしいと思います。
私には2人の子どもがいますが、子どもたちも「お母さんの仕事はお年寄りのためになる良い仕事だね」と言ってくれます。
祖父が認知症にならなければ出会えなかったであろう今の「道」。去年他界してしまった祖父に心から感謝しています。これからも空を見上げながら、人の力になれるヘルパーの仕事に誇りを持ち、もっともっと頑張っていきたい。


 

高齢協で働くということ

2015年7月副理事長 岡安喜三郎

東京高齢協の中では、利用者とともに働く人も組合員となって運営をし、さらには事業活動とはある程度独立してかつ協同しながら進めている地域・文化活動があります。
実態的には利用者と地域文化活動家、そしてワーカーズのハイブリッドな協同組合と説明しうる協同組合です。
働く人も幅広い年代の人たちです。地域創生においても多世代交流は重要なキーワードになっています。この複合的な特徴を生かして、活力ある地域づくりに資する高齢協へとさらに進めたいものです。